音薬談

アクセスカウンタ

zoom RSS 音楽についての文章に想う

<<   作成日時 : 2014/10/01 11:00   >>

面白い ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 0

画像


ずっと音楽についての文章に想っていたことを記してみよう。
音楽の評論あるいはそれについての記述には独特の魅力があると想っている。
実を言えば 1980 年代の半ばには音楽について記されたものに興味を失っていた。
音楽に関する媒体が増えて当然の結果文章も増殖していた時代である。
何だか 「読めば読むほど閉じられた世界に籠ってしまう」 様に感じ嫌気がさしてしまった。
そんなことは以前にもあって一時は熱心に購読していたプロレス雑誌を止めた経験がある。
読むほどに事情を知っている者にしか判らない世界に追いやられる様な気がした。
かつて行っていた雑誌への投稿をようやく再開したのは 1980 年代の末期である。
まずは岡崎豊廣さんが出版していた “COS” への寄稿があった。

確か当時は在米生活を送っていたと記憶する。
マサチューセッツ州でロン・レサードが出版していた雑誌へは漫画を寄稿した。
RRRecods から出版されていた “RRReport” である。
ロンへの表敬をも込めて “Ron The Neuron” と漫画に題を付けた。
誰が読んでくれてどう想ってくれるかも判らない代物である。
でもロンは気に入ってくれた様だが雑誌の出版は継続しなかった。

その後日本に帰り数年が経過した時友人の美川俊治さんから或るオファーを拝受する。
モダ〜ン・ミュージック店主の生悦住英夫さんが出版される “G-Modern” への寄稿の話だ。

その時サンプルにと雑誌創刊号を頂戴した。
パラパラとめくっていて生悦住さんご自身が記されたある記事に驚いてしまう。
ハレルヤズのファースト・アルバム 『肉を喰らひて誓ひをたてよ』 のレヴューである。
『埋もれた名盤 500 選』 の一つとしてそれは評されていた。
「このアルバムが埋もれてしまったなら日本の音楽に明るい未来は無い」
今でも印象に残る言葉である。

「何故ここまでのことが書かれているのだろう?」
「ここまでの言葉を書かせてしまう音楽とはどんなものなのだろう?」

こんな想いが脳裏を駆け巡ったことが想い出される。
表現の形は随分と違うかも知れないが間章さんの文章に惹かれた理由にも似たものがあった。
人をしてそこまで記させてしまう音楽に限りない想いを馳せてしまうのだ。
それは文章の巧みさとは無縁のものだが単に労作という言葉で片付けて良いものでは無い。
こうした文章を絵や音楽に変換してしまうとどんなものに相当するのだろうかと想うこともある。
でもぴったりと照合する例にはとんと出遭うことが出来ないのだ。

この点は文章が持つ独特の力学に由来するのでは無いかと妄想している。
そして自分もそんな文章を書いてみたいと想って来た。

渚にての CD 『太陽の世界』 に 『合流記』 と題した文章を寄せたことがある。
そこには自分が生悦住さん・間さんの文章を読んで想ったことが反映されているかも知れない。
ハレルヤズについての評論を読んで感じた気持ちが渚にてについて書いた文章につながった。
それこそ導かれた様な気がするしそれに従ったのは正しかったのだろうと想っている。
音楽と言う存在は本当にフシギな形で文章を記させてしまうのだ。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 1
面白い

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
音楽についての文章に想う 音薬談/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる