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zoom RSS 夜抄記 - Nocturnal Abstracts

<<   作成日時 : 2011/04/25 15:00   >>

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東日本大震災の後、音楽を聴き始めるには時間を要した。
恐る恐るという感じで、それこそまさぐる様に聴くべき音楽を選んだ。
聴きたい音楽を聴くという気分にはとてもなれなかったので、必然的にそうなった。
選ばれた音楽は明るくも暗くもない、意識を昇る方にも落ちる方にも揺るがせないものだった。
その音楽は精神を安定化させながらも、何気なく活性化してくれる力を持っていた。

冷泉淳さんのファースト・ソロ・アルバム 『夜抄記 (Nocturnal Abstracts』 が、そんな一枚だった。
彼は空間を自在に制御する様に音楽を紡ぎ出す関東のユニット、NERAE のギター奏者だ。
でも、ギターにより創生された音楽は NERAE の様に空間の息遣いを覚えさせるものとは顕かに違う。
自分の中に沈み込む想いの蠢きを描写する様な音楽だが、想いは決して完全に沈み切ってしまわない。
なぜなら、外界 (日常) とのつながりを決して手放しはしない意志が仄かながら確実に浸透しているからだろう。

アルバムは、「真くら (Ma-kura, Darkness through a Pillow)」 から始まる。
このトラックで蠢く音は、1975 年にアメリカで出版された或る作品を想起させる。
現代音楽家ディヴィッド・ローゼンブームが発表した アルバム、"Brainwave Music (脳波の音楽)"。
その冒頭に収められた、'Portable Gold and Philosopher's Stone (携える金と賢者の石)' がそれなのだ。
丸みを帯びたエレクトロニックな音の動態が、両作品の間において相同を成す感触を醸し出している。

但し、ローゼンブームの作品は脳波の蠢きを音に変換し被験者に聴かせることを基調とする。
そんな被験者の脳波を音に変換したものが、作品を成立させるエナジーとなっているのだ。
バイオ・フィードバックと称されるこの系は、外界から隔絶された自己完結の世界を創生する。
ある意味、夢を見ている最中の情況に近いのでは無いかと想う。
夢で無いのならば、さながら瞑想に参入した情況を想えば良いのかも知れない。

「真くら」 を始めとする 『夜抄記』 に収められた5つのトラックは、夢と日常の臨界に存在する様な感触を持つ。
「返りごと (Kaeri-goto, Responses)」、そして 「うちぐるわ (Uchi-guruwa, Inside the Enclosure)」 にも。
「獏 (Baku, Dream-eater)」 と、「彼は誰れ近き (Kawatare-chikaki, Closure of the Night)」 にもそれは在る。
夢の中で鳴っている様でありながら、呼吸する様なタイミングであちこちに日常への亀裂が現れる。
それは、糸の切れた凧の様に気持ちが違う側へと飛んで行ってしまうのを食い止めてくれる。
眠りから徐々に醒めて行くプロセスを、一連の流れを聴いていると連想してしまう。

今は日本の何処に居たとしても、「現実から逃避してしまいたい」 との思いを抱く方々が少なくないだろうと想う。
でも日常から逃避してしまえば何も残らないことを、誰もが止むに止まれず理解しているだろう。
一度外へと逃げてしまえば、帰るべき場所 (拠り所) への扉は永遠に遮断されてしまう。
ならば、葛藤の中においてさえ我々はバランスをとって生きて行くしか無いのだ。
そんな情況の中、選択の余地も無く精神は揺らぎを継続する。

『夜抄記』 に収められた音楽は淡々として、そんな揺らぎにフシギな安定を与えてくれるように思う。

アルバム・ジャケットに用いられた渋い写真は、冷泉さんが iPhone を用いて撮影されたものである。

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