音薬談

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zoom RSS 狂気と進化

<<   作成日時 : 2015/05/24 16:28   >>

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先の記事で、「変異と進化」 について記しました。
今度は、狂気と進化について考えてみたいと想います。

一般に受容される音楽は、少しずつ変わって来ました。
ノイズだって、その片鱗がメジャーな音楽のあちこちに配備されています。
一昔前なら、ノイズは 「気違いが作って、変なリスナーが聴く音楽だ」 なんて言われていた様な。
ヘヴィ・メタルだって、70 年代には普通の音楽愛好家は聴かないものだったと記憶しています。
こうした音楽がテレヴィで放送されると、たちどころに苦情が来る。
「プロデューサーが降ろされた」、なんて話も聞きました。

しかしこうした音楽は最初は 「狂気の沙汰」 だったとしても、やがて音楽として受容され新規な表現手法と成る。
音楽に限らず、それまで無かったものが現れた当初は狂気としてしか認識されないケースは多々あるでしょう。
「それまでには無かったもの」 は、それこそ突然変異体すなわちミュータントだと言うことが出来ます。
ミュータントは最初 「変わっていること」 だけが協調され、その意味あるいは優劣を評価されることがありません。
少しの人々だけがそれに気付くでしょうが、圧倒的少数の意見はすべからく無視されてしまいます。
だがポジティヴな意味のある変異であれば、ゆっくりと評価する者の数は増えて行くでしょう。
そうやって、様々なものが進化して行くのだと考えます。

少し前に、頭士奈生樹さんの音楽について記しました。
彼の演奏には狂気が潜んでいたり、時にはそれが露わとなる現象に我々は遭遇します。

先月、山村サロンで行われたチャリティ・コンサートでの演奏は寧ろ狂気で充満していたと言って良いでしょう。
当日の 2 週間前にベアーズで行われた演奏と比較すると、それをとても明快に理解することが出来ます。

頭士さんはライヴの 2 週間前から準備を始め、繰り返し演奏する筈の曲を練習すると教えて頂きました。
今年の山村サロンでは 2 週間前に既に演奏を行い、その時点から練習を重ねる事態となっています。

この時間に関する情況が、頭士さんの音楽に 「狂気のステップ」 を用意したのかも知れません。
それに併せ、山村サロンという場所の持つ特別な要素が連動したのだと推察いたします。

いずれにせよ、頭士さんの音楽はあの日一つ高いステップへと移行した様な気がしてなりません。
今はまだそれを 「狂気」 と呼ばせて頂きますが、寧ろそれが 「進化」 であることが判る日がやがて来るでしょう。

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