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zoom RSS コンセプト?

<<   作成日時 : 2015/04/07 11:00   >>

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もう 36 年も前、LAFMS ことロサンジェルス・フリー・ミュージック・ソサエティに惹かれた理由がある。
それは、「彼らにはコンセプトが無かった」 ということに尽きるだろう。

コンセプトを和訳すると 「概念」 であるし、「意図・構想」 の意味を付与して使われもする。
彼らは何かを意図して生まれた存在では無く、情況に飽き足らずやむを得ずして生まれたと言えるかも知れない。
それなのに 『アンチ○○』 といった旗頭の下に群れた訳ではない、その点が何よりも良いとずっと想っている。

「今を取り巻く情況よりもずっと広い世界が当然ある筈だ」 なんて、ポジティヴな視座さえをも彼らには感じるのだ。
彼らの音は 「ヨレヨレ」 だとか 「まぬけで、のろまっぽい」 とも、揶揄される形で表現されて来た様に想う。

勿論、彼らは意図してそんなポーズをあざとく目指したのではない筈だ。
「音楽のアトモスフィアなんて何でも構わない」 と夢見てしまい、躊躇なくその感じを纏うことが出来ただけなのだろう。

「いかにも意味ありげなポーズだけが音楽家・演奏家に相応しい訳ではない」 と、何気なく主張している様に想う。
彼らが登場した 70 年代の半ばと言えば、フリー・ミュージックという概念が普及し始めた時期だった。
フリーと言えばジャズを形容する言葉だったが、一線を画す音楽を擁するレーベルの数々がメディアに登場する。
インカスに FMP (フリー・ミュージック・プロダクション)、それに ICP (インスタント・コンポーザーズ・プール) など。

フルクサスに影響されたという ICP でさえも、フリー・ミュージックの範疇にはすんなりと受容された。
だが LAFMS がこのカテゴリーに入れて貰えなかったのは、そのふざけた感触が原因だったかも知れない。

だが、想い返してみるならば実に面白い現象があった。
日本では、当時吉祥寺マイナーの周辺に居られた方々である。
彼等こそ、既存の権威とは縁遠い存在だった。
彼らの演奏するフリー・ミュージックも、既成概念を守る方々に排除されていたと想う。
でも彼らは、彼らならではの嗅覚をもって LAFMS の存在が受容した。

偶然では無いと、私は想っている。
そして、そんなことがあるから世界の脈絡は面白い。

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