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zoom RSS カセットのポジション

<<   作成日時 : 2015/01/21 11:00   >>

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"Summer of Love" のムーヴメントはコンサートを誰もが主催することが出来ることの先駆けを提示した。
非常に小規模な音楽出版のヒントも元を辿ればそこに行き着くのでは無いのかなと想う。
そしてカセットというフット・ワークの軽やかなメディアが登場したことが決定的であったろう。
誰しもがそこそこ良い機材を持っていれば作家の代わりに作品の出版を請け負うことにも差支えは無かった筈だ。
だが CD-R / データ配信という代替法が存在する現在においてはカセットの占めるポジションは以前と違うだろう。
聴くことに少しばかり独特のこだわりを持ちその音質を理解するリスナーへと向けられたメディアなのである。
実際にはそんなカセットの特徴が評価されているのかどうかについての判断は少なくとも私につかない。
何故ならばディジタル・データのダウンロード・システムが付随するカセットがとても多い様に思うからだ。
ダウン・ロード版が並行して販売されカセットとの価格に大差が無いケースも決して珍しくは無い。

カセット自体が果たして聴かれているのかは判らないと想う。
あるいは単なるオブジェとして購入されているのではないかの推察も成り立つ。
ポーチあるいはスマートフォンのケースとしてカセットを模した形態のものは結構存在する。
あの形が魅力の源泉ならばただカセットを手にして飾ってみるという楽しみ方があっても構わない。
それであれリスニングのスタンスを変えようとしての選択もカセットにはあり得るかも知れないとは想うのだ。
ディジタル音でもそこにコピーされてしまうと独特の引力が音と音の間に発生し聴いていると意識が引っ張られる。

言わばディジタル音は本来はつながっていた波動が等間隔でチョップされた欠片だ。
料理で言えばハンバーグに近いかも知れないがいわゆる 『つなぎ』 はディジタル化された音楽には無い。

ディジタル化された音のそれぞれを豆だとするとカセットへのコピーでそれらは納豆めいた連続体と化すだろう。
CD を聴いている時に我々は意識で音と音をつなげているがアナログ音には元々のつなぎが存在するのだ。
とは言えカセットにコピーしてアナログ化してしまえばどんな音楽でもが面白く成る訳では無い。
作品自体がフォーマットに依存しないものであることこそが重要だ。
そうではあってもふとカセットにコピーして驚く音源は少なからず存在する。
なのでそこそこきちんと録音出来るカセットと機材は持ちたいものだ。

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