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zoom RSS 竹田賢一さんの文章について

<<   作成日時 : 2014/10/06 11:00   >>

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私にとって本当に竹田賢一さんの文章は忘れ難い。
ロサンジェルス・フリー・ミュージック・ソサエティ (LAFMS) との縁も竹田さんの文章から始まった。
JAZZ MAGAZINE 1977 年 11 月号で竹田さんによる LAFMS 作品のレヴューを拝読したのだ。
それが全ての始まりである。
尤もそれ以前にも竹田さんの文章を拝読していた。
私は竹田さんのことをてっきりキャリアのある評論家だと想い込んでいた。
丁度クリアライトのアルバム 『しゃぼん玉幻覚』 の解説 (1976 年 3 月) を読んだ時もそうだ。
当時まだ媒体に文章を掲載され始めてから間も無かったと知った時は驚愕したものである。
説得力豊富な文章の向こう側に大いなる知識と世界が広がっている感触に興奮さえを覚えていたのだ。

「あんな文章を書くことが出来たらどんなに痛快だろう」 とずっと想っていた。
私などに到底そんなことは出来る筈も無くて自分は自分なりのスタイルを模索するしか無かったのだが。
そうではあってもあの様な引力のある文章に出遭うことが出来たのは幸運だったのだろう。
「自分にも何か出来るのではないか?」 と思わせてくれたのだから。
それは囁かな希望と野望の雑種にも似た想いだったのだろう。
失礼な言い方かも知れないがそうした隙を有する文章だったのである。

JAZZ MAGAZINE では竹田さんと間章さんが交互に 『世界的蓄音盤』 のコーナーを担当されていた。
間さんの文章も大好きだったのだが何故か間さんの様な文章を書きたいと想った記憶は無い。

あの文章は間さんだけのものだし自分が真似してみてもどうにもならなかった。
それは閉鎖回路めいているのだが決定的に外に開かれたエネルギーを放射する。
誰にでも出来る芸当では無かったし間さんでなくてはあの文章の内に何らかの均衡を保つことは無理だったろう。
竹田さんの文章は 「何故そこまで?」 と思わせながらも自身にも仄かな期待を抱かせるものだった。
「何時かはあんな文章を記せるのではないか?」 という余りにも無謀な期待を。
そのお陰で今もこの文章を記しているのはなかなか素敵だなぁと想う。

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