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zoom RSS 反応的記憶 @ 第五列 / 社長は判ってくれない

<<   作成日時 : 2005/11/20 19:57   >>

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この画像が、アルケミー・レコーズ型番 ARDC-165 『社長は判ってくれない』 のジャケットである。

『社長が出せって言えば出すから』 が、1976-80 年の活動をカヴァーする初期作品集であった。
対して本作は、1981-1990 年の中期作品集である。

副題が “Suspect Music”、つまり 「怪しい音楽」 である。
とは言え、前作に比べると音楽的にスッキリとした印象を受けてしまう。

Geso さんが解説で触れているように、第五列の特徴は 『ローテク/ローファイ/ローコスト』 の筈だ。
でも巷では電気と情報関係の技術が勝手に繁栄するもので、『ローの鉄則』 を貫徹するのはなかなか容易ではない。

80 年代っちゅうとインディーズ異常増殖期であり、その背景には 『うまい/やすい/はやい』 という丼業界ばりにそそり立つ音楽の技術革新があった。
誰にでも、そこそこの形を伴う音楽が造れる時代。
ヘタな演奏者の方が珍しくなりつつある、そんな時代だった。

変った音楽もひとつのジャンルとして確立された感があり、とりあえずは 『オルタナティヴ』 という枠の中でのビジネスも成立しつつあったのだ。
この時代に第五列の無垢を如何に守りおおせるか、と気にもなるのである。

『社長は判ってくれない』 を聴くと、第五列は真摯に世界と対峙したことが分かる。
プログレ、パンク、ジャーマン、即興、フリー・ジャズ、現代音楽とストリートに開示された音楽情報を素直に受容れたのだ。
「受容れた」 って、勿論嫌いなものは遠慮のカケラもなく跳ね除けたろう。

そうして真面目に情報を集め、真面目に反応して来たことがこのアルバムから判る。

第五列の活動はどこか謎めいているが、決してホーム・テーピングのレベルにある閉鎖的なものではない。
時代の動きに素直に呼応し、関東・関西で当時催された様々なイヴェントにも参加した。
日本の面白い音楽家との交流もこのアルバムに反映されているし、海外の音楽化とのカセット郵送によるコラボレーションの記録もここには刻まれている。

『社長が出せって言えば出すから』 も 『社長は判ってくれない』 も、70 分を超える収録時間の中に真摯な音楽生活の姿勢を余すことなく伝えている。

これらのアルバムを、決して変った市民の仕業集としては聴かれないことをお奨めする。
これらは、世界に対する市民のごく自然な反応なのだ。
それが音楽という形をとったと、つまりはそういうことなのだと思う。

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